2011年6月3日金曜日

映画 『八日目の蝉』



GWに小説家 角田光代さんの小説を
映画化した作品「八日目の蝉」を観てきました。

この映画の存在を知ってから
ずっと気になっていた作品です。


妻がいる男性を愛し、いつかその男性と結ばれると信じていた女性 希和子が
彼の子どもを身ごもり中絶し、もう子どもが産めない体になってしまいます。
そんな時、彼と彼の奥さんとの間に子どもが生まれた事を知り
その子どもを一目みたいと彼らの家に出かけた所、泣き叫ぶ子どもをみて
「自分がこの子を守りたい」
と思って連れ去ってしまうんです。

希和子が子どもを誘拐した後、
身を隠しながら子どもと一緒に過ごした4年間と
希和子に誘拐された子ども恵理菜が
大学生になった現在が交差するように描かれた作品です。

私は、結婚も、子どもを産んだ経験も愛人になった事もないから、
この映画の登場人物の気持ちはわからないけど、
映画を観終わった後、なぜか、希和子が愛した男性の奥さん、
つまり恵理菜の実の母親の事ばかり考えてしまった。

映画を観ている間は、彼女の行動や態度にことごとく腹がたったけど、
彼女の事がとても気になったんです。

なんでだろう?

私がもし、彼女と同じ立場だったら、
彼女みたいに自分の子どもの事も上手く愛せずに、だんなともぎくしゃくして・・・。

こんな風に何もかも上手くいかないのは、すべてあの女のせいだと
夫の愛人だった希和子をものすごく憎んで生きていたかも。

だって、子どもを授かってから、
その子がこの世に誕生するのを毎日楽しみにしながら
お腹の中の子どもと毎日共に生活してきて、
やっと会えたと思ったら引き裂かれ、
4年後にようやく会えた最愛のわが子は
他の女性を母親だと思って心底愛している。

しかもその女性は自分の最愛の夫を奪おうとしていた愛人。

やりきれない。

でも、このシチュエーションの中で一番辛いのは、
4歳までいつもそばで守ってくれていた
本当のお母さんだと思っていた人と引き離され、
知らない(記憶にない)人達をお父さんお母さんとして
生活していかなければいけなくなった恵理菜。


なんで私は、この映画を恵理菜の母親の立場になって観ていたんだろう?


映画を観ている時、観終わった直後、
感想を仕事仲間や先輩に話をするまで
私は、恵理菜の立場でみていたつもりでいた。

でも、口から出てくる事は、恵理菜の母親の事ばかり。

どうしてなのかわからないけど、
自分も知らなかった自分が認識できたのは確か。

あなたは、この映画を観て、どんなことを思うのでしょうか?